違和感を大切にする日記

学びが一番のモチベーション!学びのある働き方を目指して

「考える」ための聞く話す読む書く

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「考える」を鍛えるために、聞く話す読む書くを見直す。

 

ことばの4役割プラスα 

ことばの役割は聞く 話す 読む 書くの4つ。赤ん坊はまわりの大人の会話を聞いているうちに、話しことばを習得していく。ことばの運用には段階があり、話すから始まり読み書きをするまでが含まれる。この4つの能力のを総動員するのがプラスα「考える」だと思う。

考えるという行為はことばを介する行為だからだ。ことばなくして考えることはできない。

そして4つの能力がある程ないと考える力はつかない。聞く読むが出来るだけでは「考える」は出来ないし、聞く話すが出来ても難しい。広く深く考えるには4能力が必須になる。

4つの能力の最終地点が「考える」だとしたら、考えるを鍛えるためにその能力を応用できないだろうか?これが今回の問いだ。

 

目の前にあることばという具体的なものから、はっきりと表現されていない「行間」を読み取り、「これはこう言うことを言っているのか?」と抽象概念として捉え直す。「つまりこういうこと」だと、まとめて捉え直すこと。

そして自分の言葉で表現し直すところまでが含まれる。

「考える」を中心に聞く 話す 読む 書くが外側にあり、お互いが連動しあって繋がっているイメージだ。

 

聞く読むの段階ですぐに反応するのではなく、「なぜこんなことを言っているのか?」「どうしてこの表現方法だったのか?」とツッコミを入れる。何度も何度もツッコミを入れているうちに、言いたいことや動機が見えてくる。

そしてつまりこうゆうことが言いたいのね、と自分のことばにしてみる行動が必要。

 

インプットされたことをそのままアウトプットするのではなく、「自分というフィルター」を通して発信し直すこと。

それが「考える」ことだと思う。

自分というフィルターを大事にしたい。あの人でもこの人でもなく自分だったらこう表現する。だから違っててもいい。

「自分にしか言えないことなのか」「どうしても言わずにはいられないことなのか」を問う。考えているつもりで他に同調しているだけになっていないか、それを見極める。

 

自分がどうしても世界に発信せずにはいられないこと

 

それが考える動機になる。批判されるリスクがっても、わざわざ自分の言葉にして言いたいことがあるのか。言いたいことがあるから、どうやったら伝わるか真剣に考える。発信するまでのスッテップが「考える」行為になる。

 

 

 

誰もいないひとりの時間

昔からひとりが好きだった。ひとりでいても寂しいとか思わない子どもだった。

それは大人になってからも変わらず、ひとり時間を確保するようにしている。

人が嫌いなわけでもないし、友達もいる。

ただひとり時間がないとストレスが溜まっていく。

人がいると気を使ってしまう。人がいると自分は後回しにしてしまう。

 

ひとりになると自分の時間が流れはじめる。

自分の時間軸と他人の時間軸は違う。時間軸って何にどれだけ時間を使うかってこと。

時間意識を拡大すると「何がしたいのか」「どう生きたいのか」に関わってくる。

だから自分時間は大切なんだ。

 

もうすぐ帰省している妻子が帰ってくる。

妻とは時間軸が合わない。自分の決めた時間軸を相手にも強いてくる。

時間軸の合わない人といるのは、自分の「どう行きたいか」がぼやけてしまう。

感情で人はできている

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大人になると感情のバリエーションが貧しくなる

こう思ったのは、不自由なく暮らせているのに何か「物足りなさ」を感じるから。

 

物足りなさは感情の希薄化からくるのではないか?

 

日常の記憶は感情と紐付いている。人間は感情の力で記憶をしている。

時間が経過するなかで感情が記憶を書き留めてくれる。記憶力の良い人は感情が豊かなんだと思う。感情が豊かなのは子どもたちだ。子どもを見ていると泣いたり笑ったり怒ったり、大人とは違った感情のバリエーションを見せてくれる。大人の感情は精緻で伏せられたものに対し子どものは単純で爆発的なもの。

 

子どもは大人になるにつれて感情はあまり見せない方がいいと学習させられていく。そのうち感情を表現することが悪いことのようになってしまうと、自分の感情さえもわからなくなってしまう。感情がワァーっと湧き上がる瞬間にパッと蓋をしてしまう。その蓋の向こうにはもうひとりの自分がいるのに。蓋が開きそうになる度、もうひとりの自分が叫ぶ。

 

「自分の感情を大切にしてほしい」「自分の感情を信じて」と

 

でも大人になりたければ、感情は抑えろと大人達の声がきこえる。からだが成長するにつれて心も大人にならないといけない。

こうやって自分の感情と向き合ってこなかったのだから、相手の感情を理解しようとはならない。

 

「自分は言いたいことをグッとこらえてきたのにあいつはなんだ」

 

相手は自分の感情を表現しただけ。なのに相手を理解できない。

その感情はその感情のまま存在していい。感情を表現するのが上手いのが大人だと思う。

表現方法は気を付けないといけないが、大人になっても感情表現はすべきだ。

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本当は仕事が嫌い!?

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最近ふと感じる時がる、「本当は仕事が嫌いなんじゃないか」と。

働きたくないわけじゃなくて仕事が嫌いなんじゃないかと。

 

同僚からは「仕事好きだねー」とか「楽しそうに仕事するねー」とよく言われる。

「そうか?」とツッコミを入れたくなる。

自分としては任された仕事をきっちりやりたいだけなのに、周りからはそうゆうふうに見えているんだと不思議な感じはしたが悪い気持ちはしないので深く考えたことがなかった。

 

新卒採用で今の会社に入って上手くいかない時も理不尽なこともあったが、役職もいただきそれなりに充実した15年だったと思う。

 

「あれ、仕事嫌いかもしれない」

 

仕事嫌いかも、そのあとの言葉が出てこない

けどなんだこの違和感…

 

何かあったわけじゃない、何か出来事があればわかりやすいのに。

仕事中、不意に現れる 

 

「まわりの期待にどうやって応えるか」

思い返すと自分の頭にはこの言葉が常にあったと思う。

上司や同僚、お客さんの依頼や困りごとを相手が納得してくれるようにどうやって応えて

いくか。言われたことを正確に素早くやる。それが仕事だと思ってやってきた。言われたこと頼まれたことに頭と体を使って解決していく。頭と体を使って相手の

 

どうやらこの働き方は期限切れのようだ

 

そんな言葉がきこえた。

 

言われたこと=相手が認識している問題や課題を解決していくだけでは、相手へのインパクトも自分の仕事への達成感も弱い。

今の時代マニュアル化が進みこの人でないと出来ない仕事は少ない。言われた仕事は、しなければならないことが多い。そういった仕事は誰でもできるようになっているし価値が高くない。

だから「はい、ありがとう じゃあ次の仕事ね」こんな働き方が今日も明日もつづく。

若くてやればやるだけ結果が出るうちは何も考えなかったけど。

 

今感じている違和感はこれなんじゃないか

 

言われたことをこなす働き方は限界にきている

 

仕事である以上まわりの期待に応える必要はある

では何をどうすればいいのか? 

 

提案・発進型の働き方

 

こちらから違う視点で提案ができれば結果はより良くなるかもしれないし、満足できる結果でなくても自分が関わりをもって仕事に参加しているという充足感にも繋がれば意義はあると思う。

また自分の考えを発信することで、どういった価値観を持った人間なのか相手に伝わる。価値観が伝わるとは理解してもらう一歩だと思う。

 

今日は一旦ここまで

 

 

 

 

 

 

 

自分の役割りは相手によって決まる

子どもがいてくれるから私は父親になれる、両親が健在でいてくれるから自分もまだ子どもでいられる。

 

相手がいてくれて、関係が築けているから自分の役割がある。そこにいていいんだよと言ってもらえてる気がする。

 

しかし妻との関係が実質切れている状態で夫、夫婦でいられるのか?

この関係は宙ぶらりん

妻といわれる人と一緒に暮らしている。

 

しかし関係が途切れているから妻/夫ってものが理解出来ないでいる。それは結婚してからずっとだ。

夫とは何をする存在なのか、何を求められているのか?私にはわからない。

また妻とは何なのかもわからない。

 

家庭のなかでお互いの立ち位置、関係が曖昧だから家にいても居心地がわるい。(子どもと遊んでいる時は父/子の関係が出来上がっているから充足感を感じる。)

 

上下の関係が出来上がってしまっていることは構わないが、宙ぶらりんの状態がじわじわと自分を追い詰める。

 

 

 

 

 

仕事の偏り

なんで私だけ、なんで私がこんなに動かないといけないんだ!と思う時がある。

 

そういう時は手が空いている人、世間話している人が余計に目につく。

自分は仕事をしているのにあの人はしていない、と。

 

人のことは放っておいて自分は自分の仕事をすればいい、と言い聞かせても一度目につくとどうしてもイライラが収まらない。イライラしているから仕事が進まない。

 

こんな時どうすればいいんだろう?

 

イライラを抑える方法を学ぶのか、自分が感じる仕事の偏りを解消する方に行動するのか。

 

 

 

 

 

現状は「誰かの役に立てればいい」と思うようにするしかないかな。

自分のやっている仕事が誰の役にも立っていないとうことほど無力感でいっぱいになることはない。だから誰かの悩みや困ったを解決できたなら、自分がやったことは無駄ではなかったんだとそう思いたい。

 

 

 

 

 

今年の目標は「身軽」

2024年が始まって5日が過ぎた。

早めに言語化しておかないと、モヤっとしたまま時間が過ぎてしまうから言葉にして残しておく。

 

今年の目標は「身軽でいること」

 

去年の目標だった「自分をご機嫌にすること」とつながっている。

機嫌良く生きていくには、いろいろなことにとらわれない様にしないといけない。

時間の余裕、お金の余裕、人間関係の余裕…などなど。

それが心の余裕につながりご機嫌な状態を保つことが出来る。

 

まずは

「感情を手放す」こと

 

怒りや悲しみといったマイナスな感情も、喜びや嬉しいというプラス感情も長く持ち続けていると判断を誤り、窮地に立たされてしまう。

 

次に

「やるべきことにフォーカスする」こと

 

今までは、やった方がいいけど今やらなくていい、自分がやらなくてもいいことにも手を出して余裕がなくなっていた。

 

どうしてもまわりからの目線や評価を気にしていた部分がある。

思い切ってやらない判断をしてみたが、やらなくてもまわりの評価が変わることはない。

やらなくなっても以外と周りの評判は変わらない。本当に必要な時に手を差し伸べてくれる人が評価され、必要とされる。